決意
数日前から携帯に親から毎日連絡が入っていた事に
ようやく気づいた。
メールの冒頭には、「いつ帰る?心配している」
今の私には、親に合わす顔がない。
両親には、ニコニコ生放送をしている事は伝えてあるが
URLやHNは教えていない。
おそらく今回の件は知らないと思うが、知ってしまったら傷つけてしまいそうだ。
暗い話はここまでにしておいて、放送を再開しようと思う。
あそこまでいってまだやるのかという人もいるだろう。
以前からお伝えしているが、
私は、そんな軽い気持ちで放送をはじめたわけじゃない。
インターネットの怖さだって知っている。
それでも、もし私の放送やHPで将棋を好きになってもらえる人ができるのなら
私はそれで満足である。
なぜ、将棋の普及に努めているかという話を今回話したい。
私は以前は選手として将棋に取り組んでいた。
結果を出す事しか考えていなかった。
高校卒業までに、自分の目標が達成できなくて
将棋に対する情熱も一気に冷めてしまった。
自分はこれ以上強くなれないし、選手としても戦えないと。
年を重ねた自分がみれば、ばかばかしい話でもあるが
その時はそれに必死で何も見えてなかった。
それから、将棋とはいったん離れていた。5年くらいだろうか。
その間も、ずっとお世話になっていた先生から
連絡が入ってきたりしていたが、やる気もなかった。
それから偶然将棋を再開する出来事があったのだが、
その話はおいおい話すとして、
「将棋の先生やってみいひんか」
先生からそういうお話をいただいた。
「いや。もう定跡なんて覚えてないですよ(私は定跡研究派ではないですが^^;)
それに詰将棋もやってないし、教えるとか難しいです」
そういいつつ、これも何かのチャンスかもしれないしやってみようか。
そういうお話をいただいてから、以前のように将棋道場で将棋を指す機会を増やすが
読み抜け、駒組みから忘れてしまっていて、まったく勝てなかった。
もちろん、相手の棋力が向上しているという事もあるが
勝負形にすらならんのかという対局を何度か指した記憶がある。
将棋の棋譜が閲覧できるアプリを教えてもらいそれを観戦するが
オープン型四間飛車やら、なんやらよくわからん戦法が増えたなあという印象だった。
それから普及指導員になって、
選手気質な自分は生徒相手に駒落ちで倒す方法ばかり考えていたが、
先生は「負けてあげて将棋を楽しんでもらう事が大切だ」という事をおっしゃってた。
その時は「負けて将棋やめるくらいなら最初からせんかったらええやん」
という考え方だったが、
子供に将棋を教えているうちに気づいたことがあった。
「この子、これできたらもっと強くなるのになあ」
やる気のある子を見ると、
「あぁ自分もバカみたいに先生と将棋指してたなあ」という過去の自分の気持ちを思い出した。
それから、近所の児童館に
将棋の普及のお仕事を頂きにお話しにいって
早速お仕事をいただけた。
児童館の子はルールをまったくわからない。
そこでテキストを作ってルールから教える事にした。
まったくルールの知らない子が将棋を指してる姿をみて
「この子は私がルールを教えたから将棋を知ったんや」
それから、足を運ぶたび
「将棋のせんせー、将棋やろー」
と、何人も言ってくれた。
認定書を発行すれば、保護者がお迎えにきたとき
「おかあさん、今日先生に15級に認定してもらえたよー!」
お母さんも嬉しそうな顔だった。
将棋なんて認定書なくったって勝てばええんやし
こんなのただの紙やのに…そう思いつつ
そういや、私だって将棋会館で認定書もらったときは
バカみたいに喜んでたよな…
なんか、こういう光景みてるの嬉しいな。
そんな自分もいつからか、賞状もらって帰ってきてもさっと押し入れにしまうような
親が「どうやった?」っていっても
「どうせ将棋の事しらんねんから、言ってもしゃーないやろ。どうでもええやん。」
本来は好きでやってた将棋だったはずが、気が付けば変わってしまっていた。
「負けた方が悪いとこ知れるしええことやねんで」
選手として指す事は、花形舞台である。
普及はどちかといえば裏方仕事だが、
その人のために力になれるんやからええことやん。
私も年とったなあと思う今日この頃である。
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